横綱稀勢の里の棲む町・牛久と怪我について

稀勢の里の出身は龍ヶ崎市、現在は牛久市に実家、後援会あり

稀勢の里は茨城県牛久市出身です。実際は隣町の龍ヶ崎市から中学2年の時に、牛久に引っ越してきたので、ほとんど龍ヶ崎出身です。(笑)
牛久に引っ越ししても、転校せずに中学は越境して、龍ヶ崎まで通っていました。よって卒業は竜ケ崎市長山中学校卒業です。

両親は現在、稀勢の里が建てたと言われている牛久の豪邸に住んでいます。

先日、6月10日(土)には、牛久市駅前のエスカード牛久3階で、今年で14回目となる稀勢の里郷土後援会総会・激励会が開催されました。今年度は参加者が約500名。昨年に比べ、参加者が倍増したとのことです。横綱になると人気が違います。

 

稀勢の里が棲む町・牛久

 

稀勢の里のファンですが、申し訳ない言い方ですが、昨年までは「また期待を裏切る稀勢の里」のイメージが強く、地元でもあまり期待されていませんでした。

それが、今年2017年1月場所の優勝で、昨年までのことはきれいさっぱり忘れたがのごとく、地元・牛久でも大人気です。2月の横綱昇進優勝パレードでは、5万人の人出と言われました。

おそらく、最初で最後の牛久の人出です。何もない牛久にありえない光景が広がりました。パレードの前には牛久駅東口駅前広場に石碑もできました。

また、牛久市のあちらこちらに稀勢の里の写真が貼られました。牛久に稀勢の里は住んでいませんが、稀勢の里が棲む町となりました。
なので、あえて言います。7月場所は休んでほしい。

                       稀勢の里優勝セール

稀勢の里の怪我は完治しているのか?

さて、稀勢の里の怪我はどうでしょうか?本当のところは本人しかわかりません。

田子の浦親方が、本当の師匠であれば、7月場所は休場させるべきだと思います。5月場所も全休がよかったのです。稀勢の里は横綱の責任がありますので、出場しました。ご存知のように左腕が使えないまま、6勝で結局休場です。

本日、6月15日のニュースによると、横綱稀勢の里が阿武松部屋で休場後初の出稽古を行い、20歳で新鋭の幕内阿武咲と15番取ったとのこと。関取と相撲を取るのも夏場所後は初めてで、明るい表情だったようです。だからと言って完治したとは思えません。責任感だけで相撲を取ってほしくはありません。

7月場所の主役は弟弟子の高安に任せましょう。

稀勢の里と高安の優勝決定戦を11月場所で見たいのは、ワタシだけではないでしょう。

dav

 

以上、稀勢の里にまつわる話題でした。

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